研究背景

学校教育の場において,ひとり1台のタブレットやPCなどの情報端末を配備してこれを活用する取り組み(One to One Computing)が世界的に進められています.我が国においても文部科学省が1人1台の端末を配備するGIGAスクール構想を掲げ,2023年度までにすべての小中学校でこれを達成すべく整備が進められています.本研究では,このような1人1台の端末を配備することによって生じる以下の諸問題に目を向け,その解決を目指す新しい教育学習環境の実現方式について検討しています.

  1. 導入から運用に至る膨大なコスト.コスト対教育効果
    • 導入から運用に至る膨大なコストは常に議論されています.特に運用コストについては安定的な教育学習環境が保たつために専任スタッフを配備することもあります.特にWi-Fi環境などネットワークインフラの品質低下は教育上の妨げになりやすいとする事例報告もあり,これらの知識を備えたスタッフを配備することが望まれます.また,端末についても,ソフトウェアの更新やセキュリティ上の対策など管理上のさまざまな対応が求められます.
    • ITの技術発展に伴って,端末の形式,使用方法なども変化していきます.この変化に対応させるためには,継続的な端末や設備の更新,さらにはスタッフの再教育が必要になりコスト増加の要因となります
    • 企業においては,VDI(Virtual Desktop Infrastructure)などのシンクライアントシステムをにより,データやネットワークトラフィックなどのリソースを集中管理することでシステム全体のコストを削減する方式がとられることがあります.学校教育の場において1人1台の端末を配備しようとする取り組みはこれに逆行する方式となっています
  2. コスト対教育効果
    • 前記のようなさまざまなコストに見合う教育効果が得られているかについて,十分なエビデンスが得られていないとする指摘があります
  3. 端末が生徒の集中力を乱す要因になりやすい
    • タブレット型端末を用いた大規模な導入事例の報告では,端末が生徒を注意散漫にさせるため,その対策が最大の問題点であったと述べています.授業中の活動に応じて端末を適切に使用できるような環境づくりが不可欠です
    • この問題に対しては,端末を使用しないときは端末の電源を切りバッグなどにしまわせ,必要な時だけ机上に出して使用するといった運用が考えられます.しかし,使用したいときに電源を入れて,ログインし,アプリを立ち上げ,場合によってはさらにログインが必要になって・・・,などのように,教室内のすべての生徒が目的の画面や機能を使用できるようになるまでに時間を要したり,端末をしまうよう指示してもすぐに応じなかったりするなど,実際の運用ではさまざまな配慮が必要になります.この結果,端末を使用する授業と使用しない授業を完全に分けざるを得ない状況となり,ITの活用は限定的なものとなってしまいます
  4. 端末の汚損,紛失,バッテリー充電
    • 特に小学生の低学年などの生徒は注意が行き届かず,端末の汚損,紛失のリスクが高学年に比べて高いと考えられます.落下耐性のある端末を導入したり,落下時の故障を防止するためのプロテクターや画面保護フィルムを使用したりするなどの対応も考えられますが,いずれもコスト増の要因となります.
    • バッテリ充電の手間も無視できないと考えます.バッテリ残量がなく使用できない学生が1人でもいると,円滑な授業進行の妨げになったり,代替手段を用意して個別に対応が必要になったりして,教授者側の負担となります.毎日のように使用すればバッテリの寿命も早まります
  5. 学習机が狭い.端末が重い
    • 学校で使用されている学習机の天板の大きさは約600mm×500mmほどの大きさであり,この上に教科書やノートを開いた状態で置き,さらに資料や筆記具を置くと,端末を置くためのスペースはほぼありません.狭い学習机は落下による故障の要因にもなります.将来的に教科書やノートなどの教材が1つの端末に入り,すべての学習活動を端末のみを用いて行うような方式も考えられますが,物理的な教材を用いたほうが教育上好ましい場合もあると考えられ,現実的ではないと考えられます
    • いわゆる「ランドセル症候群」の問題が注目されています.軽量の端末を選べば画面が小さく,バッテリ容量も小さくなります.物理的な端末を使用する以上,解決困難です
  6. Learning Analyticsのための学習記録の収集やその応用
    • テストなどの結果だけではなく学習活動中の状況を記録して分析し,その結果を授業改善や生徒の指導に役立てようとするLearning Analyticsの研究が多方面で進められています.1人1台の端末の導入は学習状況を取得しやすくなるためLearning Analyticsの推進に寄与すると考えられます.しかし前述したように,端末を使用できない状況が少なくないため学習活動の記録は限定的です.日々の学習状況を記録するためには,端末を使用できる機会を増やすために前述のような課題を解決するか,まったく別の方法で学習状況を捉え,記録する必要があります.また,分析結果を用いてシステムが自動的に学習活動を支援したり,リアルタイムに教授者にフィードバックしたりして学習支援に役立てようとする試みも研究されていますが,端末を使用する機会が限定的なままではその効果を発揮できません

解決方法

前述の課題を解決するため,本研究ではデバイスレスな教育学習環境「FLE : Followable Learning Environment」の実現方法を検討しています.現在検討中の方法は,端末を配備する代わりに,天井に下方へ向けて設置したセンサとプロジェクタを用いてユーザインタフェース(UI : User Interface)を学習机へ投影します.このように机上にUI投影する仕組みは1970年ごろから存在しますが本研究の方式は次のような特徴があります.

  • プロジェクタの一部分を使って個々の学習机に投影する
    • 昨今のプロジェクタの高解像度化,短焦点化の特性を生かして,1人分のUIをプロジェクタの一部分を使用してUIを投影します.この結果,1台のプロジェクタで複数名分のUIを投影できます.
    • プッシュ型の画面投影が可能です.学習者が端末を操作して画面を開くといった手間がなくなるため,円滑な授業進行が可能になります
    • 使用しないときUIを投影しないため,従来のように場所を占有するようなことはありません
  • UIの投影位置,サイズ,向き,形状が自由
    • プロジェクタの一部分を使用するため,投影するUIの位置,サイズ,向き,形状を自在に制御できます
    • グループワークの際に机を向かい合わせたり,机を並べてたりしたときに,その状況に合わせてUIを想定するための方式を検討しています.従来,電子黒板を使用する方式では,ディスプレイのサイズは固定であるため,少人数グループでは大きすぎ,大人数グループでは小さすぎるといったことが生じますが,本方式ではグループの人数に応じてUIサイズを制御できます
    • 矩形以外の形状のUIを投影することが可能です
    • スイッチング方式の立体視も原理的に可能です
  • シンクライアント方式同様のアーキテクチャ
    • 各学習者の画面の生成やそれに伴う処理はサーバ内で行われるためシンクライアント方式と同様のアーキテクチャとなり,システム全体を集中管理できるようになります
  • センサデータを用いたLearning Analytics
    • センサを用いて学習机や学習者の操作を捉えているため,このデータをLearning Analyticsに活用できます

参考文献

  • Kozo Mizutani, “Proposal for Deviceless Learning Environments Instead of Environments Using Smart Devices”, Proceedings of the 27th International Conference on Computers in Education, pp.435-440, 2019.
  • 水谷晃三,“ダイナミックプロジェクションマッピングによるデバイスレスな教育学習環境の提案”,教育システム情報学会 第44回全国大会講演論文集,pp.141-142,2019.
  • 水谷晃三,野田雄希,“デバイスレスな教育学習環境における適応的なUIの提供方法”,情報処理学会 第84回全国大会,7H-04,2022.

本研究に関わる競争的資金

  • 科学研究費,デバイスレスな教育学習環境の実用化と学習者活動の分析基盤の研究 (21K12163 )
  • 科学研究費,プロジェクションマッピングを応用したデバイスレスな教育・学習環境の研究(18K11580)